映画を読む

ドイツ某都市にて勉強中です。「映画を読む」と題して、観た映画の感想や印象等を淡々と書いていこうと思っています。ネタバレに関しては最低限の配慮はしたいですが、踏み込んだ内容も書くと思うので、気にする方はご注意を。

死に捧げられる者たちのユートピア、普遍的な人間性とその歴史的な制約(オイゲン・ヨーク「モリツリ」/Eugen York "Morituri" 1948年)

オイゲン・ヨーク「モリツリ」(Eugen York "Morituri" DE 1948 88 Min. 35mm.)を鑑賞。

 

あらすじ

舞台は、第二次大戦の戦局も極まった頃のナチスドイツの強制収容所。あるポーランド人医師が、様々な国から連れて来られた収容者たちの労働能力の有無を鑑定するよう命じられる。「労働能力なし」と判定された者たちは小さな監房に押し込まれるが、医師は彼らが収容所を脱走する手助けをする。命からがらの逃亡の末、脱走者たちは、森の奥に隠れて住まう被迫害者たちの集落に辿り着く。こうして彼らは、集落に住まうユダヤ人やポーランド人の老若男女とともに終戦を待ち望んで暮らすことになる。しかしこの集落もまた、脱走者や反乱者を追跡するドイツ軍に脅かされる。あるとき、一人の若いドイツ兵が集落の人びとに捕えられ、集落の人々はこのドイツ兵の処遇について話し合うことになる…。

 

※「モリツリ」のトレイラー。冒頭で見られる医師による鑑定のシーン、ここで「arbeitsfähig」(労働能力あり)という判定を受けられなかった囚人たちは、「死に捧げられる者たち」として——「モリツリ」として——監房に押し込めらることになる。

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ホロコースト映画の先駆、「死に捧げられる者たち」のユートピアの物語

前回の記事で、第二次大戦後の長い期間、アウシュヴィッツやホロコーストをめぐる映画の制作が困難であったことについて書いた。とはいえこれは、強制収容所の存在がまったく無視されていたということを意味するわけではない。実際、数こそ多くないが、戦後すぐにも強制収容所を舞台とした映画は制作されていた。まさしくその一つがこの映画「モリツリ」だ。アルトゥール・ブラウナーが立ち上げたCCC-Film (Central Cinema Company)社の第二作目となるこの映画は、戦後三年というきわめて早い時期にナチスの強制収容所を舞台にして制作されたものであり、ホロコースト映画のいわば先駆け的な作品だと言うことができるだろう。*1

この映画は実際に、ナチスの強制収容所の非人間性が当時すでに知られていたことを証言している。映画の冒頭、集められた収容者たちの労働能力の有無を医師が機械的に鑑定していくシーンは、この判断——収容者のその後の生き死にまでをも左右するこの判断——が、いかに恣意的かつぞんざいな仕方でなされていたかを示している。この判断によって「労働能力なし」と判定された者たちは、「モリツリ」として——これはラテン語で「死に捧げられる者たち」を意味するという——監房に押し込められる。労働不可と判断されるということは、自動的に、ガス室がどこかに送られて処刑されるということなのだ。

この映画はまさしくこの「モリツリ」であると断じられた者たち、死を運命づけられたはずの者たちが生きようとする物語を描く。収容所を脱走した者たちが辿り着く森の中の集落に生きるポーランド人やユダヤ人たちもまた、ナチスドイツの手におちれば、同じように死をもって処せられる者たちだろう。迫害された者たちは、不条理な権力によって恣意的に押し付けられた運命に逆らって、生き残らんとする。ここには、死に捧げられる者たちが連帯して生きるユートピアの物語が語られている。

 

普遍的な人間性や公正さという理念

森の中の村落には、ポーランド人も、ユダヤ人も、各国の戦争捕虜たちもみな、対等の関係で身を寄せ合っている。言葉だけをとってみても、そこではポーランド語とドイツ語と英語とが行きかい、人びとの間では必ずしもスムーズな言語コミュニケーションがなされないが、それでも彼らはなんとか意思疎通をして生活を営んでいる*2。子供も老人も、身体や精神に障害を負った者も、この場所ではそれぞれがそれぞれなりに存在を認められ、共同で生き残る可能性を目指している。

彼らのユートピア的な共同生活の根底には、普遍的な人間性やそれに基づく公正さの理念がある。それはつまり、年齢や出身、言葉や能力の面では差異があっても、根本的には人間はみな等しく人間であり、同じように生きる権利を持ち、同じように尊重されるべきであるという理念だ。これはまさしく、ナチスドイツによって謳われ強制収容所やホロコーストにまで極端化した人種の優性理論のアンチテーゼをなす理念でもあるだろう。この映画は明らかに、普遍的な人間性を謳い、普遍的な公正さを信ずるものとして製作されている。

こういった理念が前面に出るのはとりわけ、追跡にやって来て集落の人びとの手におちた若いドイツ人兵士の処遇について話し合われる場面だ。ある者は、ドイツ軍が自分たちに為してきたこと、また数えきれないほどの犠牲者のことを鑑みれば、この兵士も今すぐに死をもって処されて当然だと息巻く。しかし別の者は、報復の論理によって目の前の個人を感情的に処すことには何の意味もないと主張する。ドイツ兵もまた人間であるのだから、あくまでも人間として遇されるべき——処刑されるとしても、それは正式な裁判手続きを経たうえで客観的に決せられるべき——なのだ、と。

こうして話し合いの末、ドイツ兵は当面捕虜して生かされることとなる。そしてこの若いドイツ兵もまた、劣等人種として自分たちが死に処そうとしてきたはずの人々の生活を自らの目で見ることを通して、人間であるということの意味を実感するようになる。人間一人一人は、必ずしも完全ではなく、飢餓や焦燥によって、醜悪な姿や狂気的な痴態をさらすこともある。しかしそれでも彼らは皆同じように生きており、同じ権利や尊厳をもっている。映画「モリツリ」においては、こうした普遍的な人間性や公正さという理念が——無条件で「死に捧げられる者」とされていいような人間など存在しないのだという理念が——あからさまなまでに語られているのだ。

 

現実の非人間性と、歴史的制約

とはいえ歴史の現実は、この普遍的理想にも、無力さを思い知らせる。ナチスドイツが実際になした戦争犯罪は、この映画で描かれるよりもはるかに凄惨で、非人間的なものであったのだ。強制収容所は、個々人の良心がほとんど機能しないように組織されており、実際に多くの収容者たちが自らの保身のためにナチスドイツに協力してしまうように運営されていた。そこではほとんど、人間性が窒息させられてしまっていたのだ。

当時のドイツによる占領地において、この映画におけるような強制収容所からの脱走やあるいは被迫害者集落の形成などといったことが実際にどこまで可能であったかは、私にはわからない。しかしいずれにしても言えるのは、強制収容所における非人間性の実態を知ってしまった後では、この映画におけるような人間性賛歌はきわめて弱々しいものにしか響かない、ということだ。脱走に成功し、その先で人間的な生活を営むことができた者たちがいたのだとしても、そのすぐ近くでは、数えきれないほどの人々が、非人間性のなかに喘いでいた。

この映画の制作時点でナチスドイツの戦争犯罪や強制収容所の実状がどこまで明らかにされ、またどこまでそれが知識としてアクセスできるものになっていたのかも、私には正確にはわからない。なんにしても終戦後三年というその時点では、とにかくも人間性のユートピアを強調して描き出すことそれ自体が必要なプロセスであったのかもしれない。もっと言えば、この時点で強制収容所を舞台にした映画が制作されていたというそのこと自体が、特筆すべきことであり、敬意を払われるべきことであるのかもしれない。しかしこの映画の物語には明らかに、歴史的な制約が、1948年という時点で語りうる事柄の限界があったように思われる。ここで描き出された人間性の理想が、その後明らかになるあまりにも非人間的な現実を前にしたときに、あまりにも弱々しいものであることは否定できないのだ。

もちろんそのことは、普遍的な人間性の理念を全面的に手放すべきだということを意味するわけではない。たとえこの映画におけるほど直接的な仕方で人間性を描くことはもはや現実に適さないことだと思われるにせよ、歴史の現実における非人間性と向き合うことそれ自体が、ある種間接的な仕方であれ、人間性の理念に仕えることであるかもしれない。その課題は、この映画の後に制作される映画に託されることになった。

*1:ちなみにこの作品はクラウス・キンスキーの映画デビュー作でもある。キンスキーはオランダ人捕虜の役を演じている。以下、キンスキーが出演しているシーンの抜粋:

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*2:この観点からこの映画を、今では当たり前となったマルチリンガル映画の先駆けと見てもいいかもしれない。映画中で多言語が用いられることはたしかに観る者にとっては理解の妨げになりうるが、同時にそれは映画の人物たちがおかれた多言語的状況を追体験することにもなりうる。たとえばこの映画を観る際に私はポーランド語部分の会話はまったくわからないわけだが、それは逆に英語話者やドイツ語話者がこの映画におけるような場面に置かれることがどういうことなのかを——部分的にでも——実感することにもつながる。