映画を読む

ドイツ某都市にて勉強中です。「映画を読む」と題して、観た映画の感想や印象等を淡々と書いていこうと思っています。ネタバレに関しては最低限の配慮はしたいですが、踏み込んだ内容も書くと思うので、気にする方はご注意を。

退廃はもはや秩序のただなかに、時代遅れの良心もまたその汚れのなかに(ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー「ローラ」/Rainer Werner Fassbinder "Lola" 1981年)

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー「ローラ」(Rainer Werner Fassbinder "Lola" BRD 1981 115 Min. 35mm.)を鑑賞。

 

あらすじ

舞台は1950年代の西ドイツ、バイエルン州の小さな町。ここでは地元の土建屋シュッケルトが幅をきかせ、不正な利権を享受している。娼婦ローラは、夜な夜な娼館に入り浸る彼に愛人として囲われながら、奔放な生活をしている。この町にある日、清廉潔白な建築省の役人フォン・ボームが赴任してくることになり、彼はシュッケルトらとともに町の再開発に着手する。フォン・ボームはその傍ら、淑女のふりをしたローラと恋に落ち、結婚を申し込むようになる。しかしある夜彼は、ローラがシュッケルトの情婦であることを知ってしまう。そこでフォン・ボームは、シュッケルトの不正を新聞に告発し彼を破滅させようとするが、そこで町の誰も不正の告発など望んでいないことに気付く…

 

※トレイラー。ドイツ語版:

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アデナウアー時代の「嘆きの天使」

70年代後半から80年代前半にかけてファスビンダーが制作、公開した「西ドイツ三部作」の一部である本作は、バイエルン州のとある田舎町を舞台に、戦後の西ドイツ——いわゆる「アデナウアー時代」の西ドイツ——の欺瞞を描き出している。この映画では、急速な経済的成長を遂げ外的には豊かになっていきながら、過去やその責任について充分な反省をしないまま内的には不道徳に陥っていた50年代西ドイツのあり方を皮肉に満ちた仕方で描いているのだ。テンポや映像構成もよく、けばけばしいライトや服飾が動き回る娼館でのシーンは、それ自体なかなか見応えのあるものだった。

興味深いのは、この映画が、ジョセフ・フォン・スタンバーグ「嘆きの天使」(Josef von Sternberg "Der blaue Engel" 1930)のモチーフを引き継ぎつつ、それを戦後西ドイツを舞台に大胆に翻案しているということだろう。控室で小鳥を飼い娼館に訪れた人々の前で歌い踊るローラは、明らかに「嘆きの天使」のキャバレー歌手ローラ・ローラの変奏だ。そして古めかしい道徳観をもつ真面目な中年男性が彼女に入れあげ結婚を申し込むという大筋も、スタンバーグの映画を引き継いでいる。「嘆きの天使」でマリーネ・ディートリヒが演じたローラ・ローラが圧倒的な存在感を放っていたように、この映画もまた、バルバラ・スコヴァ演じるローラの魅力を中心に成り立っている。

とはいえこの映画の物語は、放浪のキャバレー歌手に権威的な堅物教授が恋焦がれて破滅していく、という「嘆きの天使」の筋書きをただなぞるだけのものではない。本作におけるローラはもはや街々を転々とする興業団の一員ではないし、フォン・ボームも単なる時代遅れの道徳家ではない。ファスビンダーはむしろ、スタンバーグの映画から多くのモチーフを受け継ぎながらも、アデナウアー時代の「嘆きの天使」の物語を描き出しているのだ。

 

退廃はもはや秩序のただなかに、社会の利害に汚れた存在としてのローラ

社会の周縁に生き街々を転々とする流れ者であった「嘆きの天使」のローラ・ローラに対して、ファスビンダーの描くローラは社会秩序のただなかにいる存在だ。彼女は、町の最大の権力者である土建屋シュッケルトの情婦という立場に飽き足らず、町にやって来た建築省の役人フォン・ボームにも自ら近づいていく。そのために彼女は、娼婦としての姿を隠し、教養ある清楚な淑女を装うことさえする。彼女は、現実の利害に自らをまきこませながら生きるのだ。

別の言い方をすればこのことは、ローラにおけるような退廃や不道徳が、社会秩序と密接に結びついたものになっている、ということでもあるだろう。1930年の「嘆きの天使」のキャバレー歌手は未だアウトサイダーとして体制の外側から魅惑する存在であり、彼女に堕落させられた者は社会から排除されることにもなっていた。しかしファスビンダーが描く1950年代の世界では、むしろ社会秩序を担う権力者たちが当然のように娼館に入り浸り、半裸でうろつき、女の身体をまさぐっている。共産主義者であったはずの者もまた、積極的な改革を諦め、ヒューマニズムを標榜しつつ娼婦の側に横たわっている。退廃はもはや、社会秩序に内在し、そのうちに住まう者を取り込むよう全面化している。

自らを「汚れているkorrupt」と形容するローラは、まさしくこの退廃した社会のただなかでその利害関係と絡み合って生きる存在だ。フォン・ボームとの仲を深めていくそのプロセスにおいて彼女は時折、この汚れから身を清めることを望んでいるかのような表情を見せる。教会での彼女の厳かな表情は、彼女がその本心では道徳的な誠実さに憧れているのかもしれないという印象を抱かせる。そしてフォン・ボームに娼婦であることを知られた直後、自棄になったように開放的に歌い踊り狂う彼女の姿は、かえって彼女のなかにある清浄さとの対照をなしている…かのようにも見える。

とはいえ彼女はやはり「汚れている」のだ。彼女の内心のどこかに本当に道徳的な清らかさが存在しているかどうかにかかわらず、彼女はもうそのような清らかさに生きることはできない。物語の最後においてローラは、フォン・ボームと土建屋シュッケルトの権力闘争と両者の彼女への思いを利用し、自分自身が娼館の権利を得ることができるように立ち振舞う。そうして彼女は、フォン・ボームと幸せな結婚をするように装いながら、結婚式の直後、ウェディングベールをまとったまま土建屋シュッケルトと寝ようとさえする。退廃は、秩序のただなかで、その利害と絡み合いながらほくそ笑むのだ。

 

時代遅れの良心もまたその汚れのなかに、社会の利害に取り込まれて行くフォン・ボーム

建築省の役人フォン・ボームは、高潔な道徳的良心を抱きながら精力的に仕事をこなす人物として描かれる。「嘆きの天使」においてエミール・ヤニングスが演じたラート教授——ローラ・ローラに魅惑され、没落していく堅物教授——が尊厳を失い形骸化した道徳の権化であったのとは、大分趣が異なっている。フォン・ボームはむしろ、社会の退廃に対して自らの清廉潔白を保ち、その理念に基づいて社会を改善しようとする有能な人物として登場する。この意味で土建屋は彼を「仕事の面ではモダンだけど、私生活では古臭い奴」だと評するのだ。

こうして町に巣食う非道徳な風習からは距離をとるフォン・ボームは、自らの理想を、淑女を装うローラに投影してしまう。教養や貞淑を着飾るローラに、フォン・ボームは易々と心を許し、結婚を申し込むまでになる。そしてだからこそ彼は、彼女が本当は娼婦であり土建屋の情婦であることを知り大きなショックを受けはするが、それでも彼女を「汚れた」場所から救い出そうと尽力する。こうして彼は、土建屋シュッケルトを告発し失脚させ、それによって彼女を娼館との結びつきから解き放そうと試みるのだ。

しかし彼のこの試みは、二重の意味で無為に終わる。一つには、町の秩序と利害関係はあまりにも密接に絡み合っている。土建屋が「汚れて」いることなど町の誰もが知っているが、誰も彼が裁かれることなど望んでいない。誰しもが——本来進んで彼を告発すべき立場であるはずの新聞記者までも——ある程度までこの汚れた社会の利害のなかに身を浸しているのだ。もう一つには、そもそものローラ自身が、この「汚れ」から抜け出すことなど望んではいない。彼女はむしろ、フォン・ボームもまた自分が生きる汚れた社会秩序の一員になることをこそ、望んでいるのだ。

こうしてフォン・ボームは、自らの道徳的理想に従って生きつづけることができなくなっていく。町の再開発に着手するためには土建屋たちとも仲睦まじくやっていかざるをえないし、 ローラと夜を過ごすには娼館に赴き彼女を買わなければならない。そして最後には彼は、土建屋シュッケルトとある種の取引を交わし、彼に土建屋としての仕事を保証するその引き換えに、ローラを自分の妻として娶るのだ。結婚式の直後、ローラがウェディングドレスのまま土建屋といちゃついているその最中、どこか疲れたように見えるフォン・ボームは、「幸せ?」と尋ねられてから少し間をおいて、「幸せだよ」と静かな覚悟をたたえたように答える。この時に彼はおそらく、ローラがこれからも「汚れた」ままであり続けるだろうことを知っているのかもしれない。

時代遅れの良心も、結局はこの「汚れ」のなかに入っていかねばならなかった。フォン・ボームは、ローラを妻とし、社会の利害に自ら取り込まれていくことでしか、社会秩序のなかで何かをなし遂げることはできないのだ。「嘆きの天使」のラート教授とは異なった仕方で——より巧妙かつ逃れられない仕方で——フォン・ボームもまた、退廃のうちに呑みこまれていく。退廃のこのどうしようもない縺れの全面性は、目覚ましい経済発展を遂げていた戦後西ドイツ社会の、一つの裏面をなしていたものだろう。ファスビンダーは映画「ローラ」において、「嘆きの天使」のモチーフを変奏しながら、社会秩序におけるこの退廃の縺れを描いている。

寓話として描かれる不公正、苦しみの担い手としての驢馬(レゾ・チケイジェ、テンギズ・アブラゼ「青い目のロバ」/Tengiz Abuladze, Rezo Tschcheidze "Lurja magdani" 1956年)

レゾ・チケイジェ、テンギズ・アブラゼ「青い目のロバ」(Tengiz Abuladze, Rezo Tschcheidze "Lurja magdani [英題:Magdana's Donkey]" UdSSR 1956 67 Min. 35mm. オリジナル+ドイツ語字幕版)を鑑賞。近所の映画館でジョージア映画特集が開催されており、その枠で観ることができた。

 

あらすじ

小さな山村に三人の子供と慎ましく暮らす未亡人マグダナは、毎日はるばる山道を越え、街の市でヨーグルトを売ることで生計を立てている。そんなある日子供たちは、山道で衰弱して倒れている驢馬を見つけ、村の顔役が苦笑しながら通り過ぎる傍ら、この驢馬に水と餌を与える。彼らの献身もありやがて元気を取り戻した驢馬はルージャ(ルルジヤ?)と名づけられ、マグダナの家に引き取られる。そこでマグダナは、回復したルージャにヨーグルトの壺を担わせ街に出ることにする。ルージャのおかげでいつもよりも多くの壺を持って街に出ることができたマグダナだったが、偶然にもルージャを山道に捨てたもとの持主である商人と出くわしてしまう。彼はマグダナが自分の驢馬を盗んだと主張し、裁判所に訴え出てしまう…

 

※Youtubeではトレイラーが見つからなかったが、マグダナが町に出てルージャの持主と出くわすシーンの映像があったのでそれを貼り付ける。…映画全編もアップロードされているようだが、ここには貼らないでおく。

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寓話として描かれる不公正、富を持つ者に持たざる者が抱く怒り

1956年のカンヌ国際映画祭にて最優秀短編映画賞を受賞したという本作「青い目のロバ」は、どこか寓話めいた物語を通して、社会の不公正を描いている。可愛らしい子供たちの描かれ方や、登場人物が口ずさむ歌のメロディーもまた、物語の寓話らしさを演出している。そしてそれだけに、物語の後半において顔をもたげる不公正の描写は、痛々しいものとして提示されることになる。

寓話らしく、登場人物たちは、リアリティに拘った精確な描写がなされているというよりは、単純化された図式の上を動いているように見える。貧しい村人たちは、善良で人を思いやり精を出して働くが、彼らの生活は向上しない。吝嗇で下品な街の商人は、使用人や荷運びのロバに対してひどく粗暴に振舞い、自らの財産を独り占めにする。この寓話は、富を持たざる者は善意で動いているのに幸運を享受することができず、富を持つ者のみが利己的に幸福を独占することを許されている、という社会的図式のなかで展開されるのだ。

粗暴な商人は、過度な荷を負わせて弱らせてしまった驢馬を、使用人の少年に命じて山道に捨てる。この驢馬を子供たちが見つけ、愛情に満ちた世話で助け出したことによって、マグダナの家族には一筋の幸運が舞い込んできたように見えた。驢馬のおかげで多くのヨーグルトを街まで運ぶことができるようになり、今までよりも生活が楽になるかもしれない。そう思ったマグダナは、一番下の娘が欲しがっていた赤い靴を買ってやると約束して街に向うのだ。

しかし街でマグダナと偶然会った商人は、彼が捨てたはずの驢馬を彼女が連れているのを見て憤慨する。商人はマグダナのことを泥棒だと罵り、終いには裁判所に訴えでてしまう。彼にとって驢馬はもう用済みで捨てたものであったはずなのに、その驢馬によって他の誰かが——ましてや貧しい未亡人が——利益を得ることには我慢がならないのだ。マグダナは、彼に対して自らの公正さを証す術を知らない。それに対して商人は、裁判という場において、法的正義のみかけの上で、自らの独占的な利益を守る手段を知っているのだ。

裁判においても、公正さは働かない。山村の村人たちはマグダナのために出廷し、問題の驢馬が瀕死で路傍に捨ておかれていたこと、それをマグダナの子供たちが助け出したことを口々に証言する。また驢馬を捨てさせられた使用人の少年も、商人が驢馬に対していかに非道な扱いをしていたかを暴露する。しかし有力者である村の顔役は、驢馬に関する事情を知りながらも、商人に不利となる証言を控える。そして裁判所は結局、マグダナは驢馬を不当に手に入れたのであるから、元の持主である商人に返却しなければならない、という判決を下してしまうのだ。

司法の場でも、そこで有効となる振舞をするか有力な者の証言を得ることができなければ、公正さは働かない。貧しき者たちはそもそも、公正さに与る可能性からも締め出されているのだ。こうして驢馬は、見せかけの公正さのもとで下された判決に従って、粗暴な商人の手に戻っていく。商人に強引に連れられて行く驢馬の姿を見送って、村人たちは山村へと戻っていく。諦念と、憤怒をたたえて。こうしてこの映画は、富を持つ者に対して持たざる者が抱く社会の不公正への怒りを、少なからず単純化された寓話的図式によって、描き出すのだ。

 

苦しみの担い手としての驢馬、利害関係から疎外されたものへ注がれる子供たちの眼差し

個人的に印象に残ったのは、富を持つ者と持たざる者とを図式化しつつ社会の不公正を暴き出さんとするこの映画において、驢馬のルージャが、そのどちらにも翻弄されながら苦しむ存在として描かれていることだ。ルージャは、商人によっては軽んじられ、鞭うたれ、瀕死になれば捨て置かれる。村人たちには愛されているように見えるが、それでも結局は壺の運び手として利用されることが期待されることになる。そして最後には、再び自らを軽んじる者に強引に引かれていくことになる。この翻弄の只中でルージャは一言も発しはしない。ただただ無言で苦痛と重荷に耐え、何かしらの利益を生むことができなければ無用だと見なされるルージャの姿は、社会の利害関係が生み出す苦しみを一身に担っているかのように見える。*1

この映画のなかで、ルージャをただ無条件に労わり、愛情を注ごうとするのは、驢馬から直接の利益を求めることのない子供たちだけだ。富を持つ者と持たざる者との間の二項対立的な図式のなかで動くこの寓話のなか、驢馬のルージャは、利益と不利益、公正と不公正という既に認められた枠にすら入りこめないで、ただただ社会の利害関係の只中で翻弄される。軽んじられ、足蹴にされる驢馬の姿は、その苦しみの表象をもって、どこか宗教的なイメージを連想させるものでさえある。いずれにせよ、苦しみの担い手として描かれるルージャの存在を、既存の社会の枠からはみ出した何ものかとして見ることはできるだろう。彼に注がれる子供たちの眼差しは、社会の利害関係から疎外されたものを認めようとする何かしらの思いを、暗示しているのかもしれない。

*1:苦しみの担い手としての驢馬、というこのモチーフは、ロベール・ブレッソン「バルタザールどこへ行く」(Robert Bresson "Au hasard Balthazar" 1966)を思わせるものだ。このモチーフは、少しこだわって考えてみると面白いかもしれない。

カトリック教会のイメージ戦略と、宗教権力の機能転換のドキュメントとのはざま(ヴィム・ヴェンダース「ローマ法王フランシスコ——自らの言葉を生きる男」/Wim Wenders "Pope Francis: A Man of His Word" 2018年)

ヴィム・ヴェンダース「ローマ法王フランシスコ——自らの言葉を生きる男」(Wim Wenders "Pope Francis: A Man of His Word [Papst Franziskus – Ein Mann seines Wortes]" DE/IT/CH/FR 2018 96 Min. DCP. ドイツ語ナレーション+字幕版)を鑑賞。近所の映画館での上映時に監督ヴィム・ヴェンダースがゲストとして来ており、上映後には映画に関する質疑応答もあった。

 

概要

カトリック教会から委託を受け制作された現ローマ法王フランシスコのドキュメンタリー映画。清貧の理想を讃えたアッシジの聖フランシスコの名を冠し2013年に着任した法王の姿を追っている。映画は主として、様々な催しや対話のために世界中を巡る法王の姿、監督により直接行われた法王へのインタビュー映像、そして合間合間に挟まれるアッシジの聖フランシスコに関するサイレント映画風の映像から構成される。これらの映像を紡ぎ合わせながらヴェンダースは、法王フランシスコがいかなる理念をもち、それに基づきいかなる活動を行っているのかを提示する…

 

※英語オリジナル版の公式トレイラー。

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経済原理と衝突する清貧の理念、その政治的ポテンシャル

ドキュメンタリー映画「ローマ法王フランシスコ——自らの言葉を生きる男」は、ローマ法王の生涯を時系列的に追った伝記映画ではない*1。むしろ本作は、現ローマ法王がいかなる理念をもちいかなる原理原則のもとで活動しているのか、という点に主題を絞っている。映像の見せ方として奇抜な表現こそなかったが、全体の構成の仕方は洗練されており、前提知識がそこまでない私のような鑑賞者も退屈せずに見られるものになっていた。この記事で映画の内容の全てを再構成することはできないので、個人的に印象に残ったテーマに即して紹介がてら書いていきたい。

私にとって特に印象的だったのは、法王フランシスコが——彼の名前の由来であるアッシジの聖人を引き継いで——「清貧」の理念を強く打ち出していることだった。公的な催しでの説教でも監督によるインタビューでも、法王は繰り返し、地上の生において金銭にとらわれることの愚かさを非難し、経済的成功は彼岸の救いと無関係であることを強調する。そしてそれによって彼は、現世においては貧しさの中で清らかに生きるべきであることを説くのだ。

興味深いのは、この清貧の理念が、一方ではこの世で貧者や病者に身を寄せ苦しんだキリストの受難の物語に基づくものでありながら、他方では現実の世界に対する批判的原理として機能することができる、ということだろう。法王フランシスコは明らかに、世界を支配する資本主義原理やそれによって拡大する貧困や階級格差、民族分断の問題を念頭に置きながら、清貧の理念を説いている。人々が少しずつ貧しくなることができれば、世界中の全ての人が決定的な貧困からは救われるのだというのだ。ここには明らかに、社会主義や共産主義の階級闘争やそれによる「革命」の理念にさえつながりうるような、政治的な含意が響いている。*2

そしてローマ法王が、世界最大の宗教権力を担う者の一人として理念を語るとき、彼の言葉は一定の政治的な影響力を持ちうる。言葉の上では宗教的な公正さを説くときでさえも、その言葉は社会における公正さを問いただすことにもなる。誰よりも法王フランシスコ自身が、自らの言葉の政治的ポテンシャルを充分に意識した上で、アッシジの聖フランシスコに由来する「清貧」の理念を自らの行動原理として掲げるのだ。

 

カトリック教会のイメージ戦略という側面、映画が道具化される潜在的危険

見逃してはならないのは、このドキュメンタリー映画それ自体がカトリック教会のイメージ戦略に寄与する側面をもっているという点だろう。そもそもこの映画の制作自体、ヴェンダース側から構想したものではなく、カトリック教会からの委託という形で成立したものだったという。ここには明らかに、実力と知名度のある監督によって魅力的なローマ法王の姿を提示したいという教会側の意図が、見え隠れする。もちろん教会がセルフプロデュースをすることそれ自体が悪いわけではないが、とはいえ踏まえるべき諸点はあるだろう。

歴史上、時の権力者を撮影した映画は、往々にして特定の権力機関の正当性を主張する手段として機能してきた。わかりやすい政治的主張を直接に喧伝するプロパガンダ映画はもちろんのこと、一見そうは見えない作品でさえも、間接的に何か特定の権力機関に奉仕することがある。宗教的主題もその例外ではなく、むしろ観る者の熱狂を掻き立てる一要素として利用されることがある*3。何か特定の権力機関やそこに属する人物を主題とした作品が鑑賞される際には——もちろん過剰に批判的にならなければならないというわけではないのだが——その作品がイデオロギー的な喧伝のための道具へと堕していないかという点は、ある程度センシティブに反省されるべき問題であるだろう。

ヴェンダースのドキュメンタリー映画も、カトリック教会権力の長たるローマ教皇を映すものである以上、この問題と無関係ではない。ヴェンダースもおそらくはこの点を意識して、カトリック教会をとりまく現代的ないくつかの問題——カトリックの祭司が為した児童への性的虐待の問題や、同性愛をめぐる問題——を扱うことで、一定の距離感を保とうとしているようには見える。

とはいえそれでも幾つかの箇所においては、映画が、魅力的な教皇像を提示するための手段になりかけているようにもみえる。インタビューの際に法王フランシスコは、明らかにカメラの向こうの聴衆を意識し、過剰なまでにカメラに視線を向ける。彼の微笑みや身振りには、ドキュメンタリー映画をカトリックの教会の外に向けた自己PRの場として利用しようとするヴァチカン側の意図が見え隠れする。繰り返しになるが、イメージ戦略のための映画が制作されることそれ自体が悪というわけではない。ただし映画を観る者は、この点はある程度割り引いて鑑賞する必要があるだろうとも思うのだ。*4

 

宗教権威の機能転換のドキュメントとしての側面、21世紀の公共圏における教会権威のあり方

とはいえこのドキュメンタリー映画からは、カトリック教会側が意図していたであろうイメージ戦略という側面とは別の側面をも読み取ることができるように思う。それはこの映画が、宗教権力が21世紀の国際社会において経験せざるをえない機能転換を記録するものになっているという点だ。

そもそも宗教そのものは、社会や俗世から身を離そうとするその身ぶりにもかかわらず——或いは他ならぬその身ぶりによって——現実社会の世俗的原理との一定の関係において成り立つものであり、これまでもそういうものとして存在してきた。この点を考えるうえで重要なのが、宗教的な聖性の原理と世俗的なこの世の原理との緊張を孕んだ関係は、時代や場所、論じるコンテクストによって変化しうるものであるということだ。両原理の布置関係は、文化や歴史を超えた一義的なものとしては規定されえない。聖性に関わる宗教権威は、世俗の領域において、その機能を転換させるのだ。

ヴェンダースのドキュメンタリー映画はまさしく、ローマ法王の活動や言説を通して、カトリックの教会権力が21世紀の世界においてどのように機能するか——機能しなければならないか——を記録するものになっている。宗教権力は、国際社会という公共圏において一定のプレゼンスを保っていくために、望む望まないにかかわらず一定の政治的役割を果たさざるを得ないし、公共的な政治的公正さを充たすことを求められる。だからこそローマ教皇フランシスコもまた、「清貧」の原理に基づいて国際的な諸問題について発言をなし、それによって国際的な公共圏から権威であり続けることを承認されなければならない。また逆に、教会権力が公共圏の規範を逸脱するときには、緊張が生じもするのだ。

また教会権力はしばしば、政治的機能としての影響力を意識的に行使することを求められもする。だからこそ法王は、世界中を飛び回り、そこここで期待される役割を果たさざるをえない。各国の首脳や要人と会談し、民衆の前に歩み出て説教をし、慰霊や慰労の場にも姿を見せる。また時にはキリスト教の外の——ユダヤ教やイスラム教、仏教などにおける——宗教権力とも対話の場を持ち、相互承認によって宗教間の紛争を和める象徴的な役割を果たす。現在のローマ法王が期待される役割を十分に果たしているかどうかという問題はさておき、ヴァチカンの教会機構が21世紀においてなお宗教権力として自らを保とうとする以上、このような国際政治上の機能を果たすことは法王に課せられた義務となり、それはしばしばキリスト教の厳格な教義内容から逸脱しさえするのだ。

この記事の枠で詳述できることではないが、時に「ポスト世俗化の社会」と呼ばれる21世紀の国際社会において、宗教権力が次第にその力を失っていくだろうという旧来的な世俗化論の予想は裏切られ、依然として宗教権力が一定のプレゼンスを示している。注意しなければならないのは、そこにみられる宗教権力のあり方は、中世のそれとも、あるいは100年前のそれとも異なっているという点だろう。この映画は、宗教権威のこの機能転換のドキュメントとして、興味深く観られるものだと思う。

*1:法王フランシスコの半生を描いた伝記的映画としては、ダニエーレ・ルケッティ「ローマ法王になる日まで」(Daniele Luchetti "Chiamatemi Francesco - Il Papa della gente" IT 2015)という映画があるようだ…が私はまだ観ていない。

*2:法王フランシスコ自身、貧困の問題に言及する際に「革命」という言葉を用いて自らの理想を説く。もちろん彼は社会転覆や労働者階級の独裁に通じる教条的マルクス主義の「革命」ではなく、あくまでキリスト教信者としての内面的な道徳の革命を語っているのだろう。が、それでも彼はおそらくこの言葉がもつ政治的、社会的含意を十分に意識して用いているのではないだろうか。興味深いことに、監督ヴェンダースは上映後の質疑応答で、このドキュメンタリー映画で提示されるローマ法王の理念が「共産主義的」だとする(とりわけアメリカのプロテスタントの)聖職者の側からの非難があったということを語っていた。法王自身がそこまで語ることはなくとも、キリスト教が社会に対してもつある側面は、共産主義や唯物論思想のある側面と、重なり合うことがあるのだ。

*3:以前このブログでも、1920年代にルターやキリスト教のモチーフがドイツ・ナショナリズムと結びつくものとして表現されていたことを取り上げる記事を書いた。関心のある方は、ハンス・カイザー「ルター、ドイツ宗教改革の映画」についての記事を参照してほしい。

*4:とこの記事を書いている間に、ちょうどローマ法王が妊娠中絶を「殺し屋に頼る」ことに喩えたという報道が出た。妊娠中絶に関する彼の思想そのものの是非はさておいても、このような発言は、このドキュメンタリー映画で提示されたローマ法王の姿、科学による問題解決や人間の権利尊重を原則として支持しているかのような姿とは、異なった印象を受けるものだろう:

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宇宙開発時代の啓蒙の弁証法、もつれ合う文明と野蛮、そして神話(スタンリー・キューブリック「2001年宇宙の旅」/Stanley Kubrick "2001: A Space Odyssey" 1968年)

スタンリー・キューブリック「2001年宇宙の旅」(Stanley Kubrick "2001: A Space Odyssey" GB/US 1968 141 Min. 70mm.)を鑑賞。

 

あらすじ

映画は、謎の物体モノリスと触れ合った類人猿が、大型動物の骨を道具として用いるようになるシークエンスから始まる。覚醒した類人猿が空高く放り投げた骨は、数千年後の宇宙に漂う人工衛星へと切り替わり、宇宙開発時代の物語が始まる。1999年、あるアメリカの調査団が月面探索を行った際、太陽光を浴びたモノリスが木星に向け強い信号を発する。それから18ヵ月後の2001年、人工知能HALを搭載した宇宙船ディスカバリー号が木星探索に向かう。その途上、船長ボーマンら乗組員たちは、HALに違和感を覚えるようになる…

 

※公式トレイラー。日本語字幕版。

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宇宙開発時代のSF映画と文明論

今年2018年はキューブリック「2001年宇宙の旅」公開から50周年ということで、夏の間に近所の映画館でも特集が組まれていた。おかげでこの映画の70ミリ版を鑑賞できたほか、特集に合わせて上映された60年代後半から70年代にかけてのSF映画をいくつかまとめて観ることができた。

この時期に宇宙を舞台にした映画が多く製作された背景にはもちろん、冷戦の対立構造から激化した宇宙開発競争があるだろう。実際この時代には、人類が宇宙へ進出していくというそのことが、それまでとは比べものにならないほどのリアリティをもった事態に思われたにちがいない。そしてそのような意識の下では、宇宙を舞台にしたSF映画も、単なる空想の産物というより以上に、もしかしたら現実になるかもしれない未来を描き出すものとして制作されたことだろう。このことは、この時期のSF映画の質にも如実に反映されているように思う。

私にとってとりわけ印象的だったのは、60年代から70年代にかけての宇宙開発をモチーフにしたSF映画が、ある種の文明論、人間論としての側面を強く持っているという点だ。それはおそらく、宇宙への進出やそのための技術を考えるというそのことが同時に、地球という星やそこに生きる人類を——あるいは現代という時代を——相対化して捉え直すというそのことにつながったからではないかと思う。いま地球に人類が生存しているというその事態は、宇宙という視点と尺度を持ち出すことで、かつてそうであったように唯一のものとは思われなくなる。そしてそのことが、地球の上にある人類やその文明にも、反省的な眼差しを注ぐことにつながる。

そのような文明論的反省の一つの結実といえるのが、フランクリン・J・シャフナー「猿の惑星」(Franklin J. Schaffner "Planet of the Apes"  US 1968)のペシミスティックな文明観だろう。この映画の物語は、文明の進歩はしょせん一過性のものでしかなく、いずれ来る崩壊や没落と隣り合わせのものでしかない、という世界観の上で紡がれているのだ。

 

宇宙開発時代の啓蒙の弁証法、文明と野蛮のもつれ合い

このペシミスティックな文明観と対照をなすのが、少し遅れて同年に公開された「2001年宇宙の旅」だろう。

この映画は、類人猿が道具を使うことに目覚め、それによって文明の第一歩が始まったことを示すシークエンスから始まる。そして道具の使用を知り覚醒した類人猿が空高く放り投げる骨は、印象的な映像の転換をもって、宇宙を漂う人工衛星の姿へと変じる。類人猿が使うことを覚えた道具は、何千年にもわたる啓蒙の過程を経て、宇宙を行き来することができるものにまでに進歩を遂げた。この転換によって映画は、きわめて洗練された映像技術とともに、文明の進歩の先端を描くことに自らの主題があることを告げるのだ。

もっともこの映画は、文明の進歩を単に手放しに賞賛するものではない。野蛮から身をもぎ離そうとする文明の進歩はいつも、暴力的な野蛮の増大へと転落する危険性を孕んでいる。文明と野蛮とのもつれ合いとしての啓蒙の弁証法*1は、この映画「2001年宇宙の旅」を最初から規定している。文明の歩みを始めた類人猿が手にした道具によって最初に行なったのは、敵対する部族を決定的に殴り殺すことだった。道具の使用は、素手や牙ではなしえなかったほどに徹底的に、破壊的に、生命を粉砕することを可能にした。その最初の一歩からして、文明と野蛮は、表裏一体であったのだ。

このことは、宇宙開発時代においても繰り返される。この映画における最先端の道具は、宇宙船を統括する人工知能のHALだろう。宇宙船ディスカバリー号を管理する役割を担うHALは、宇宙開発という人類の目的を達成するために開発されたものであるはずだった。しかしHALが志向する全面的な管理は、それ自体で自立化し、人間に仕えるよりもむしろ人間を支配することを目指すようになる。そして挙句には、支配に従うことのない乗組員たちの抹殺を自らの任務と見做すに至る。

HALの暴走をめぐる一連のシークエンスをもって、映画は、宇宙開発時代の啓蒙の弁証法の軌道を描く。そこでは道具の進歩が、逃げ場のない全面化した虐殺に転化する。最高度の人工知能という先鋭化された道具において、文明と野蛮は、再びもつれ合うのだ。*2

 

形而上学的原理としてのモノリス、「超人」への覚醒という神話的モチーフ

しかし映画は、ぎりぎりのところで、道具による全面的支配から逃れようとする人間の姿を描き出す。そして興味深いことにこの映画は、文明の進歩のさらなる決定的な一歩を、ある種の形而上学的原理とともに示唆しようとする。

この映画における形而上学的原理を表すのは、超生命体モノリスだろう。物語のそもそもの最初からモノリスは、進化を引き起こす超常原理の象徴として登場している。道具の使用という文明の一歩を踏み出した類人猿の覚醒も、もともとはモノリスとの交信によって引き起こされたものだった。そして首の皮一枚のところでHALの暴走から逃れた船長ボーマンもまた、モノリスとの交信を通して、既存の人類を超えた存在へと転換していく。

文明の最先端、文明の進歩と野蛮の暴力が先鋭化されて交錯し合った宇宙船のただなかで、一人生き残ったボーマンのモノリスとの交信は、人類の新たな覚醒を引き起こす。映画の全体を通して幾度も演奏されるシュトラウス「ツァラトゥストラはかく語りき」は、既存の人類を超えていくものとしての「超人」のモチーフを、繰り返し提示しているのかもしれない。ボーマンの覚醒は、既存の知覚の次元を超えて行くような映像の連鎖を伴って表現される。こうして新たな次元での人類の誕生を示唆しながら、映画は幕を閉じる。

モノリスという形而上学的原理によって引き起こされる覚醒と進歩というモチーフは、もちろんそれ自体きわめて神話的なものだ。宇宙開発時代においてまで続く文明と野蛮とのもつれ合いを描き出した本作が、文明の崩壊への決定的な転落を回避するためにモノリスによる超人への覚醒というきわめて神話的なモチーフを持ち出しているというこのことは、注目に値することかもしれない。文明の暴走の極端化に対する拠りどころを神話に求めるというのもまた、啓蒙の弁証法の一つの軌道であるのだ。この映画の魅力と怖さは、まさしくこの軌道を正確に辿っているというところにあるのかもしれない。*3

*1:一応断っておくと、このあたりの表現は、アドルノ/ホルクハイマー『啓蒙の弁証法』から借りている。

*2:この映画の原題が「2001年:宇宙のオデュッセウス」("2001: A Space Odyssey")であることは、本記事のテーマからすると興味深いことに思われる。というのも『啓蒙の弁証法』において文明と野蛮が錯綜する最初の物語として読み解かれたのが、他ならぬオデュッセウスの神話であるからだ。まさしく「2001年宇宙の旅」は、文明と野蛮の交錯の物語を宇宙開発時代に変奏しているという点で、「宇宙のオデュッセウス」の神話であるのだ。

*3:この記事の主題からして興味深いことに、「2001年宇宙の旅」の数年後に公開されたタルコフスキーの「惑星ソラリス」(Andrej Tarkovskij "Soljaris" UdSSR 1972)もまた、文明の進歩の一つの軌道を描いている。この映画では、文明の進歩としての宇宙開発が袋小路に陥り、それに携わる個々の人間が自らの内面の記憶に囚われる姿が描かれている。「2001年宇宙の旅」における進歩の神話と対照をなすかのように、「惑星ソラリス」は、文明がどこまで進んでもそこに生きる個々人は過去の記憶に囚われ続けることを——その意味で人間性の本質的な進歩などは起こりえないことを——記憶を可視化する惑星ソラリスというそれはそれで神話的なイメージと共に描いている。

感性の帝国が刹那的であることは、外なる現実との対照において際立せられる(大島渚「愛のコリーダ」/Nagisa Ōshima "L'Empire des sens" 1976年)

大島渚「愛のコリーダ」(Nagisa Ōshima "L'Empire des sens" JP/FR 1976 102 Min. Blu-ray オリジナル+英語字幕版)を鑑賞。

 

あらすじ

1936年、東京中野の料亭「吉田屋」で、新入りの女中として働き始めた定。彼女は料亭の主人である吉蔵と恋仲になり、二人は互いの身体を求め合うようになる。そのうちに定は料亭を辞め、吉蔵と連れたって待合旅館を転々とするようになる。待合の部屋に閉じこもって生活する二人は、芸者を呼び遊興にふけ、時間と体力の許す限り情事を重ねる。次第に吉蔵の肉体への執着を強めていく定は、情事の最中に吉蔵の首を絞めることに喜びを見いだすようになる。できる限り定の望むことを受け入れようとする吉蔵だが、その身体はだんだんと生気を失っていく…。

 

※英語字幕付きのトレイラー。ここでは直接の性的シーンは映っていない。

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極端化した愛欲がたどる軌道、転がり落ちる破局のリズム

基本的には、阿部定事件という実際の出来事を題材にしつつ、極端化した愛欲の軌道をおった映画だ。好いた人のすべてを自らの手の内に握りしめていたいと欲する定と、好いた人のすべてを受け入れたいと欲する吉蔵。抑制のきかないラディカルな性のあり方をもつ二人が、性の高まりとその永続を求めながら、破滅へと転がり落ちていく。

この「愛のコリーダ」に関しては、しばしばその極端な性描写が話題になる。私が観た版は修正もカットもないもので、たしかに性的シーンは映画としてはきわめて直接的であからさまなものだった。男女ともに局部のアップも多く、またどう見ても実際に性交を行っている。そのため、映像上の性描写にそこまで慣れていない者にとっては、スクリーンに映し出される扇情的な性描写の直接性そのものが、この映画のそもそもの主題であるように思われるかもしれない。

とはいえこうした性描写によって描かれているのは、扇情を目指した性描写そのものというよりは、極端化した男女の性が転がり落ちていくそのプロセスであるだろう。二人の性は、お互いへの愛憎と混じり合いながらもつれあい、闘牛さながらに、破局にむけてリズムよく転がり落ちていく。「愛のコリーダ」という邦題は、破局に向かって転がり落ちていく性愛の軌道にこそ、映画の物語上の主軸があることを示しているだろう。*1

 

現実の帝国に背を向けた感性の帝国

とはいえ映画「愛のコリーダ」は、単に性愛の軌道を描くものに尽きず、どこか既存の社会との関連を指し示すところがある。それは単に、1936年の阿部定事件をモチーフにしているというそのことだけに由来するものではないだろう。映画のなかに配置された歴史的モチーフ——旭日旗を振る子供たちの姿や、生気を失った吉蔵を脇目に整然と行進する兵隊たち——は、たんに事件が起きたのが帝国主義時代の日本だということを指し示すだけのものではないのだ。

この点を考えるヒントは、映画のフランス語タイトル「感性の帝国」(L'Empire des sens)にあるだろう。このタイトルがロラン・バルトの日本文化論のパロディであることはさておき*2、この「帝国」という言葉は、1936年当時の日本の軍国主義の「帝国」を間接的に暗示するものでもあるだろう。

愛欲の世界に閉じこもり、性交をする以外になんの目的も持たない定と吉蔵の二人が作り出す感性的な快の「帝国」は、禁欲や規律を徳目として掲げた全体主義社会の「帝国」と対照関係をなす。この意味でこの映画で描かれる二人の寝室を、徹底的に物質主義的な快楽に拘泥するという仕方で現実社会の規律の圧力に抵抗する、反社会的な生のあり方として見ることができるだろう。

この対照関係をもっともはっきりと見出せるのは、映画の後半、情事の過剰に生気を失いふらふらとよろめくように歩く吉蔵の脇を、出征を控えた日本軍が整然と行進していくシーンだ。日本国旗や旭日旗に見送られて行進する軍隊の列から伏し目がちに視線を逸らすとき、吉蔵はあきらかに、彼らの愛欲の世界が——「感性の帝国」が——現実の帝国世界からの逃避において成り立っていることに気づいている。しかし彼はもはや、社会の秩序の中に戻っていく意欲を持っていない。彼にできることは、感性の帝国に閉じこもり、感性の世界の女帝である定の望みにどこまでも付き従うこと、ただそれだけなのだ。

転倒し内面化された社会の強制は、眼の前に提示されている感性の喜びを放棄するか、それにしがみつくかという、極端な二択を吉蔵に突きつける。もはや吉蔵には感性の喜びを受け入れる以外の選択肢がないのだが、しかし彼は、それがもはや喜びのていをなしていないことにも気づいている。極端化した性愛の軌道に、もはや彼の身体はついて行かず、定を肉体的に満足させることもできなくなっている。吉蔵は、感性の喜びが永続するものではなく、刹那的なものでしかないことを、知っている。それを知りながら彼は、感性の帝国とともに自らも破滅することを望むのだ。

 

感性の帝国が刹那的であることは、外なる現実との対照において際立たせられる

感性の喜びは、瞬間的なものであり、捕まえておくことができず、またいつも同じように動くものではない。たとえその瞬間瞬間では喜びの永遠性が誓われても、時間と共に変化していく。「末永く幸せに」あることを何度も謳い、定の望む通りに反応していたはずの吉蔵の身体も、やがて以前のような反応を見せなくなる。

もちろん定も、そのことには気づいている。しかしそれでも定は、吉蔵の男性性を、彼女に喜びを与えてくれるはずのものそのものを、物質的に手の中に握りしめ続けようと欲する。感性の帝国の女帝が手を下す最後の破局は、感性的なものを感性的な仕方で握りしめつづけようとする物語の論理に忠実なものであるとさえ言えるだろう。映画「愛のコリーダ」は、阿部定事件の結末を、このような性愛の論理の帰結として提示している。

定と吉蔵の「感性の帝国」は、社会との関連を拒否し続ける仕方での社会へのプロテストは、どうしたって持続することができないものだった。経済的な面でも、道義的な面でも、政治的な面でも、長続きすればするほど不純物が混じって、彼らの帝国が瓦解していくことは気づかれていた。仮に邪魔するものが何も存在しなくとも、彼らの身体は彼らが求める愛欲の過剰に耐えることができなかっただろう。この映画における、時間的にはほんのわずかなものでありながらも強いアクセントを残す現実のモチーフは、物質的な快の刹那性を際立たせるものとして作用する。感性的なものが刹那的であることは、外なる現実との対照においてこそ際立たせられるのだ。

*1:この観点から、以前記事を書いたペドロ・アルモドバル「マタドール」に本作とのモチーフ上のつながりを見出すことはできるだろう。この映画もまた、破局に向う極端な性のリズムと軌道を、闘牛になぞらえながら描いている。

*2:フランス語タイトル「感性の帝国〔あるいは「官能の帝国」〕」(L'Empire des sens)は、ロラン・バルトの1970年発表の日本論「表徴の帝国」(L'Empire des signes)を明らかに意識したものとして付けられている。この観点から大島の映画をバルトの日本文化論へのリアクションとして読み解くこともできるのかもしれない。

女性の幸せと男性の幸せ、意識の変化の兆しと設えられたハッピーエンド(パウル・マルティン「ハンドルを握る女」/Paul Martin "Frau am Steuer" 1939年)

パウル・マルティン「ハンドルを握る女」(Paul Martin "Frau am Steuer" DE 1939 84 Min. DCP.)を鑑賞。

 

あらすじ

舞台はハンガリー。ブタペストのドナウ銀行で事務員として働くマリアは、他の銀行で働くパウルからプロポーズを受ける。パウルは当初、マリアに家庭に入ってほしいと求めるが、彼女は今の仕事が好きだから結婚後も仕事を続けたいと主張する。そして二人の結婚式のちょうどその日、パウルが人員削減の煽りをうけて解雇されることになり、彼の方が主夫として家庭に入ることになる。その一方で相変わらず精力的に働いていたマリアだが、以前より彼女に好意をよせていた上司に対して彼女は、自分はまだ未婚で同居しているのは弟だと嘘をついてしまう。嘘をつかれていたことを知りプライドを傷つけられたパウルだったが、マリアの上司の計らいで、彼女と同じ銀行で——マリアの部下として——働くことになる。そこでパウルは、かつての銀行員としての経験を生かし、すぐに昇進していく。そしてついにマリアの上司となったパウルは、部下となった彼女に辞表を書くよう迫る…

 

※トレイラーは見つからなかったが、映画中のダンスシーンの動画が見つかった。物語そのものと強い関連がないままに提示されるエンターテインメント性の高いダンスショーは、当時の娯楽映画に多く見られる: 

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女性の幸せと男性の幸せ、意識の変化の兆し

1920年代後半から30年代にかけて計12作もの映画で共演し、「ドイツ映画における夢のカップル」(Traumpaar des deutschen Films)と評されたリリアン・ハーヴェイ(Lilian Harvey, 1906-1968)とヴィリー・フリッチ(Willy Fritsch, 1901-1973)。彼らの最後の共演の場となった本作は、国家社会主義政権下で制作されてはいるが、直接的なプロパガンダは前面に出てはいないようにも見える。実際この映画は、特徴的な登場人物たちが軽快なテンポで織りなすコメディ作品であり、それ自体としては聴衆を楽しませる娯楽映画として鑑賞することができるものだ。

とはいえこの映画は、当時の女性が置かれた立場の幾分かを証言しており、そのドキュメントとして観ることもできる。この記事では、その点について書きたい。

まずもって、女性が職に就くということはもはや自明なことになっている。ハーヴェイ演じるマリアの職場の同僚や上司たちは女性社員の働きに満足しており、彼女たちも仕事に誇りをもっている。

その上で、女性が結婚後も仕事を続けるというそのことも基本的には望ましいこととして描かれている。フリッチ演じるパウルは、たしかに一度はマリアが結婚後も仕事を続けることに反対する。しかし映画において彼のこの言動は明らかに時代錯誤なものとして戯画的に描かれており、マリアの職場の同僚たちはむしろ彼女が結婚したあとも仕事を続けることを歓迎している。そしてパウル自身も、妻が家庭に入るべきだという古い考えには拘泥せず、彼女が仕事を続けることをすぐに認めるようになる。

それどころかこの映画は、女性が外で働き家計を支え、男性が家事をこなすという——古い常識からすれば逆転したものと見做されるだろう——家庭のあり方の可能性をも提示している。職を失い——今でいう「主夫」として——家事に専念するパウルは、当初は隣人から奇異に思われながらも、持ち前の要領のよさから快適な家庭生活を支えるようになる。使用人と共に食事を用意したパウルが待つ家庭に、仕事を終えたマリアが帰宅し、二人は幸せな夕食を共にするのだ。

ここまでを見るならば、女性と男性それぞれに割り与えられた旧弊的な役割分担はもはや意味をなさなくなっているようにも思われる。女性の幸せは家庭に入ることだけではなくなっているし、男性の幸せも仕事で成功することだけではなくなっている。リードするのは男性である必要はなく——映画のタイトルのように——ハンドルを握る女性もいる。ここにははっきりと、意識の変化の兆しが顔を出している。*1

 

ステレオタイプへの逆転、設えられたハッピーエンド

とはいえこの意識の変化は、あくまでも兆しに留まっている。映画が進むにつれ、登場人物たちがその上を動く根底の価値観は、やはりステレオタイプなものであることが明らかになっていく。

映画中では、そもそもの当事者である夫婦二人が、その心根においては夫婦としての自分たちのあり方を非常識なものであると思いこんでいる。家事をそつなくこなすパウルも復職のチャンスを窺っているし、なによりも彼に支えられて仕事を続けているはずのマリアが、自分の夫が働かずに家庭にいるのを恥ずかしいことだと決めつけている。そうして彼女は、一緒に住んでいるのは弟であるという嘘さえついてしまうのだ。

二人のこの価値観は、 まさしくマリアの職場の価値観と一致している。彼女の上司は、マリアの夫が職を失っていることを知ると、厚意から彼に仕事を斡旋しようとする。ドナウ銀行の総支配人にいたっては、妻が上司となりその下で夫が部下として働くなどということは道義上よくないと考えており、そのことがパウルの昇進を後押しすることにもなる。そもそも映画中のドナウ銀行では、たしかに多くの女性が事務員として働いているのだが、要職に就いているのは男性ばかりであるように見える。

結局のところここには、本来的にキャリアを歩み家庭を経済的に支えるのは男性なのだという社会的価値観が強く反映されている。そしてそれは結局のところ、リードするのは男性であるべきだというステレオタイプの男女観と合致するものでもあるだろう。

さらにこの映画は、もう一つの決定的なステレオタイプによって支配されている。それが露わになるのは、映画の最後をなすくだりだ。

あらすじでも書いた通り、上司の立場となったパウルは、部下となったマリアに対して仕返しをするかのように辞表を書くことを迫る。辞表を提出してしまったマリアは、ショックを受けたまま帰宅し泣き崩れるが、そこにパウルが戻り彼女を夕食に誘う。その夕食の席でパウルは、辞表のことはマリアのそれまでの振舞いへのちょっとした仕返しでしかなく、彼女は職場に戻ってきて構わないのだと告げる。それを聞いたマリアは喜びつつも、もう職場に戻るつもりはない、と答える。彼女は妊娠しており、二人は親になるのだから、と。こうして二人は、幸福な笑顔に包まれる。

まさしくこのラストシーンで、旧態的な価値が顔をもたげる。それはすなわち、女性が仕事に就くことはもちろん望ましいが、それ以上に推奨されるのは子供を産み育てることである、という価値観だ。マリアは、子供を授かったことを喜ぶとともに、固執していたはずの仕事への情熱をあっという間に捨てて、家庭の幸せを思い描く。ここにおいて映画は決定的な仕方で、男女の幸せについてのステレオタイプへと逆転してしまっている。

子供を授かってからの復職の可能性など考えもしないマリアとパウルのこの幸福観に、当時の観客がどこまで共感をもったのかは、私にはわからない。いずれにせよ二人の価値観は、国家社会主義体制下で望まれた労働観や結婚観に矛盾するものではなかっただろうし、その意味でこの映画も一定のプロパガンダ機能を果たしていたと言えるだろう。当時においてこの結末は、文句のないハッピーエンドとして受けとられることが期待されて設えられたものであったはずなのだ。

しかしながら、80年近くの時を経た今日、多くの人にとってこの結末はもはや全面的なハッピーエンドとは見做されえないだろう。結婚や出産を機に女性が仕事を辞めて家庭に入るということそれ自体は、もちろん今日でも選ばれうる一つの家庭の形ではある。しかしそれは今や、個々人の前に提示される一つの可能性でしかない。出産後に復職することも、そもそも子供を持たないということも、それはそれで一つの家庭の形として——実情はうまくいかないことがあるとしても、少なくとも理想としては——認められているのだ。

人々の意識は、変化したし、今もなお変化しつつある。そして変化した意識からすれば、映画のラストにおけるマリアの豹変——あれだけ好きだと言っていた仕事への情熱を、妊娠と同時に忘れてしまったかのようなマリアの豹変——に対して、疑問をもたずにはいられない。彼女は他の可能性を考えることはできなかったのだろうか。もし彼女が他の可能性を考えた上でその選択を為したのであればいいのだが、そうでないならば、映画において設えられたハッピーエンドは、その実社会によって強要されたものでしかないのではないか。

このような疑問が生じる余地は、社会の意識がその分だけ変化したということを裏返しに証すものでもあるだろう。さらに言えば、意識は、ここからさらに変化することもありえるのだ。そのような観点からすると、問題は、意識自身が自らの変化に開かれたものでありうるか、という点にあることになるだろう。

1939年、マリアを演じたハーヴェイは、映画の初演を待たずにナチス政権下のドイツを離れた。もちろんそれは政治的な理由からなされたことだろう。しかし陳腐を承知であえて言えば、価値観を押しつける閉じられた社会体制の枠から抜け出したハーヴェイの決断は、設えられたハッピーエンドを疑問なく受け取るマリアと、対照をなしているように思えるのだ。

*1:もっとも、女性の労働を推奨するという一見進歩的に思われるまさしくこの点に既に、国家社会主義イデオロギーに合致した一定のプロパガンダが潜んでいることには注意が必要だろう。というのも当時においては、男性が兵役に就くその代りとして女性の労働が求められていたからだ。この観点からすると、本作にも、女性の解放という進歩的理念を手放しに賞讃することよりむしろ、女性に「労働動員」(Arbeitseinsatz)を意識づけるという機能が期待されていただろう。

死に捧げられる者たちのユートピア、普遍的な人間性とその歴史的な制約(オイゲン・ヨーク「モリツリ」/Eugen York "Morituri" 1948年)

オイゲン・ヨーク「モリツリ」(Eugen York "Morituri" DE 1948 88 Min. 35mm.)を鑑賞。

 

あらすじ

第二次大戦の戦局も極まった頃、ナチスドイツの強制収容所の前に様々な国から連れて来られた収容者たちが並べられ、一人のポーランド人医師によって労働能力の有無を鑑定されている。「労働能力なし」と判定された者たちは小さな監房に押し込まれることになるが、彼らが間もなく処刑されることを危惧した医師は、彼らに手を貸して収容所を脱走させる。命からがらの逃亡の末、脱走者たちは、森の奥に隠れて住まう被迫害者たちの集落に辿り着く。こうして彼らは、集落に住まうユダヤ人やポーランド人の老若男女とともに終戦を待ち望んで暮らすことになる。しかしこの集落も、脱走者や反乱者を追跡するドイツ軍に脅かされる。あるとき、一人の若いドイツ兵が集落の人びとに捕えられ、人々はこのドイツ兵の処遇について話し合うことになる…。

 

※「モリツリ」のトレイラー。冒頭で見られる医師による鑑定のシーン、ここで「arbeitsfähig」(労働能力あり)という判定を受けられなかった囚人たちは、「死に捧げられる者たち」として——「モリツリ」として——監房に押し込めらることになる。

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ホロコースト映画の先駆、「死に捧げられる者たち」のユートピアの物語

前回の記事で、第二次大戦後の長い期間、アウシュヴィッツやホロコーストを主題とした映画の制作が困難であったことについて書いた。とはいえこれは、強制収容所の存在がまったく無視されていたということを意味するわけではない。実際、数こそ多くないが、戦後すぐにも強制収容所に押し込められた者たちを扱った映画が制作されていた。まさしくその一つがこの映画「モリツリ」だ。アルトゥール・ブラウナーが立ち上げたCCC-Film (Central Cinema Company)社の第二作目となるこの映画は、戦後三年というきわめて早い時期に制作されたものであり——強制収容所の内部におけるホロコーストそのものを映像化してこそいないものの——ホロコースト映画のいわば先駆け的な作品であると言うことができるだろう。*1

この映画は実際に、ナチスの強制収容所の非人間性が当時すでに知られていたことを証言している。映画の冒頭、集められた収容者たちの労働能力の有無を医師が機械的に鑑定していくシーンは、この判断——収容者のその後の生き死にまでをも左右するこの判断——が、いかに恣意的かつぞんざいな仕方でなされていたかを示している。この判断によって「労働能力なし」と判定された者たちは、「モリツリ」として——これはラテン語で「死に捧げられる者たち」を意味するという——監房に押し込められる。労働不可と判断されるということは、自動的に、ガス室かどこかに送られて処刑されるということなのだ。

この映画はまさしくこの「モリツリ」であると断じられた者たち、死を運命づけられたはずの者たちが生きようとする物語を描く。収容所を脱走した者たちが辿り着く森の中の集落に生きるポーランド人やユダヤ人たちもまた、ナチスドイツの手におちれば、同じように死をもって処せられる者たちだろう。迫害された者たちは、不条理な権力によって恣意的に押し付けられた運命に逆らって、生き残らんとする。ここには、死に捧げられる者たちが連帯して生きるユートピアの物語が語られている。

 

普遍的な人間性や公正さという理念

森の中の村落には、ポーランド人も、ユダヤ人も、各国の戦争捕虜たちもみな、対等の関係で身を寄せ合っている。言葉だけをとってみても、そこではポーランド語とドイツ語と英語とが行きかい、人びとの間では必ずしもスムーズな言語コミュニケーションがなされないが、それでも彼らはなんとか意思疎通をして生活を営んでいる*2。子供も老人も、身体や精神に障害を負った者も、この場所ではそれぞれがそれぞれなりに存在を認められ、共同で生き残る可能性を目指している。

彼らのユートピア的な共同生活の根底には、普遍的な人間性やそれに基づく公正さの理念がある。それはつまり、年齢や出身、言葉や能力の面では差異があっても、根本的には人間はみな等しく人間であり、同じように生きる権利を持ち、同じように尊重されるべきであるという理念だ。これはまさしく、ナチスドイツによって謳われ強制収容所やホロコーストにまで極端化した人種の優性理論のアンチテーゼをなす理念でもあるだろう。この映画は明らかに、普遍的な人間性を謳い、普遍的な公正さを信ずるものとして製作されている。

こういった理念が前面に出るのはとりわけ、追跡にやって来て集落の人びとの手におちた若いドイツ人兵士の処遇について話し合われる場面だ。ある者は、ドイツ軍が自分たちに為してきたこと、また数えきれないほどの犠牲者のことを鑑みれば、この兵士も今すぐに死をもって処されて当然だと息巻く。しかし別の者は、報復の論理によって目の前の個人を感情的に処すことには何の意味もないと主張する。ドイツ兵もまた人間であるのだから、あくまでも人間として遇されるべき——処刑されるとしても、それは正式な裁判手続きを経たうえで客観的に決せられるべき——なのだ、と。

こうして話し合いの末、ドイツ兵は当面捕虜して生かされることとなる。そしてこの若いドイツ兵もまた、劣等人種として自分たちが死に処そうとしてきたはずの人々の生活を自らの目で見ることを通して、人間であるということの意味を実感するようになる。人間一人一人は、必ずしも完全ではなく、飢餓や焦燥によって、醜悪な姿や狂気的な痴態をさらすこともある。しかしそれでも彼らは皆同じように生きており、同じ権利や尊厳をもっている。映画「モリツリ」においては、こうした普遍的な人間性や公正さという理念が——無条件で「死に捧げられる者」とされていいような人間など存在しないのだという理念が——あからさまなまでに語られているのだ。

 

現実の非人間性と、歴史的制約

とはいえ歴史の現実は、この普遍的理想にも、無力さを思い知らせる。ナチスドイツが実際になした戦争犯罪は、この映画で描かれるよりもはるかに凄惨で、非人間的なものであったのだ。強制収容所は、個々人の良心がほとんど機能しないように組織されており、実際に多くの収容者たちが自らの保身のためにナチスドイツに協力してしまうように運営されていた。そこではほとんど、人間性が窒息させられてしまっていたのだ。

映画「モリツリ」はしかし、人間性の窒息の場である強制収容所の「内部」の出来事を描いてはおらず、ホロコーストそのものを主題として映像化しているわけではない。物語の主軸はあくまでも、強制収容所という非人間性から逃れることができた者たちが織りなす共同生活にこそあるのであり、ここでは依然として強制収容所の外にある人間性が描かれているのだ。

当時のドイツによる占領地において、この映画におけるような強制収容所からの脱走やあるいは被迫害者集落の形成などといったことが実際にどこまで可能であったかは、私にはわからない。しかしいずれにしても言えるのは、強制収容所における非人間性の実態を知ってしまった後では、この映画におけるような人間性賛歌はきわめて弱々しいものにしか響かない、ということだ。脱走に成功し、強制収容所の外で人間的な生活を営むことができた者たちがいたのだとしても、そのすぐ近くでは——強制収容所の「内部」では——数えきれないほどの人々が、非人間性のなかに喘いでいたのだ。

この映画の制作時点でナチスドイツの戦争犯罪や強制収容所の実状がどこまで明らかにされ、またどこまでそれが知識としてアクセスできるものになっていたのかも、私には正確にはわからない。なんにしても終戦後三年というその時点では、とにかくも人間性のユートピアを強調して描き出すことそれ自体が必要なプロセスであったのかもしれない。もっと言えば、この時点で強制収容所の存在を確認しその非人間性を証言するような映画が制作されていたというそのこと自体が、特筆すべきことであり、敬意を払われるべきことであるのかもしれない。しかしこの映画の物語には明らかに、歴史的な制約が、1948年という時点で語りうる事柄の限界があったように思われる。ここで描き出された人間性の理想が、その後明らかにされていくあまりにも非人間的な現実を前にしたときに、あまりにも弱々しいものであることは否定できないのだ。

もちろんそのことは、普遍的な人間性の理念を全面的に手放すべきだということを意味するわけではない。たとえこの映画におけるほど直接的な仕方で人間性を描くことはもはや現実に適さないことだと思われるにせよ、歴史の現実における非人間性と向き合うことそれ自体が、ある種間接的な仕方であれ、人間性の理念に仕えることであるかもしれない。その課題は、この映画の後に制作される映画に託されることになった。

*1:ちなみにこの作品はクラウス・キンスキーの映画デビュー作でもある。キンスキーはオランダ人捕虜の役を演じている。以下、キンスキーが出演しているシーンの抜粋:

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*2:この観点からするとこの映画を、今では当たり前となったマルチリンガル映画だと呼ぶこともできるだろう。映画中で多言語が用いられることはたしかに観る者にとっては理解の妨げになりうるが、同時にそれは映画の人物たちがおかれた多言語的状況を追体験することにもなりうる。たとえばこの映画を観る際に私はポーランド語部分の会話はまったくわからないわけだが、それは逆に英語話者やドイツ語話者がこの映画におけるような場面に置かれることがどういうことなのかを——部分的にでも——実感することにもつながる。