西ベルリンの若者たちが織りなす、淡い刹那の群像劇(ゲルト・オスヴァルト「雨が降ったその日に」/Gerd Oswald "Am Tag, als der Regen kam" 1959年)
ゲルト・オスヴァルト「雨が降ったその日に」(Gerd Oswald "Am Tag, als der Regen kam" BRD 1959)を鑑賞。未だ戦火の跡が残る西ベルリンを舞台に、ギャング団を組織する若者たちが織りなす群像劇。
簡単なあらすじ
青年ヴェルナーによって率いられるギャング団「パンターPanther」は、西ベルリンにおいて大がかりな窃盗を繰り広げ、そこで稼いだ資金をもとに酒場で遊びまわる集団だ。「パンター」の一員であるロバートは、ある夜の窃盗の際に警察に捕まったことをきっかけに、恋人インゲと普通の生活を送りたいと思うようになる。強い雨が降ったある日、ロバートは、インゲと過ごすために、ヴェルナーが計画する大掛かりな強盗への参加を拒否する。しかしヴェルナーはそんな彼らのもとに押し入り、強引にロバートを連れ出す。しかしロバートは、ヴェルナーの目を盗んで警察に通報してしまい、それが原因で強盗は失敗する。あとからそれを知り激怒したヴェルナーは、「教授」と呼ばれる仲間の一人に、拳銃でロバートを制裁することを命じる…。
1950年代の西ベルリンを背景にした、若者たちの淡い刹那の群像劇
ギャング団の若者たちが主人公であり窃盗や強盗のシーンも多く、その意味では全体に動きの多い物語のはずなのだが、残った印象はどことなく静かでもの哀しいものだった。それはモノトーンの映像のせいかもしれないし、戦火の跡がまざまざと残る1950年代後半の西ベルリンという荒れた後景のせいかもしれない。
ギャング団のボスであるヴェルナーも、自ら窃盗に加担する彼の恋人エレンも、アルコール中毒で廃業した医師であるヴェルナーの父も、犯罪から足を洗った普通の日々を思い描くロバートも、彼との生活のために西ベルリンで仕事を探そうとするロバートの恋人インゲも、登場人物たちはどこか傷ついていて、「幸福な普通の生活」を送りたくとも送れないでいる。
酒場で飲み踊る彼らの表情も、明るい幸福なものであり続けることはできず、破滅的な何かが突然に起きるのではないかという不安の薄い影が差しているようだ。空回りの虚勢も、次第にその影に飲まれていく。淡い色合いでスクリーンに映し出される彼らの刹那の瞬間は、雨の日の出来事に収束していく。雨が降る。雨が止む。淡い刹那の日々の終わりを告げるサイレンとともに、群像劇はその終わりを告げる。